
花見川公園の桜が咲きました。待ち遠しかった春です。

オオシマザクラやヤマザクラには、ソメイヨシノのような見応えはないかもしれないけれど、新緑の葉は瑞々しいいのちの息吹が感じられるし、花には春が薫ります。そんな花の便りと共に、早く暖かな明日が北へ運ばれることを願っています。

帰りに寄ったスーパーマーケットの前、去年の秋に初めてご挨拶してから何度目かぶりのカオちゃんにばったり。変わらず、すらりとした美人さんで、人なつっこくてとっても可愛い。
今日は、優しい気持ちがする一日でうれしい。

花見川公園の桜が咲きました。待ち遠しかった春です。

オオシマザクラやヤマザクラには、ソメイヨシノのような見応えはないかもしれないけれど、新緑の葉は瑞々しいいのちの息吹が感じられるし、花には春が薫ります。そんな花の便りと共に、早く暖かな明日が北へ運ばれることを願っています。

帰りに寄ったスーパーマーケットの前、去年の秋に初めてご挨拶してから何度目かぶりのカオちゃんにばったり。変わらず、すらりとした美人さんで、人なつっこくてとっても可愛い。
今日は、優しい気持ちがする一日でうれしい。

残さずにちゃんと食べたら、おやつ(デザート?)が貰えるはず。だったっけ?(笑)

ももの街に無農薬野菜のお店がオープンしました。
ももハハとももで様子を覗きに出かけてみたら、わんこ好きの店員さんに大歓迎して貰えたんだそう。お店の前で記念?にパチリ!「どうぞどうぞ、持ちますよっ」と快くリードを持ってくれてた店員さんを「誰?!」と見上げるももさん、不思議そうな顔してる(笑)

その日の夕方散歩、ももさん、お家を脱走中だったご近所柴くんに背中をガブッとやられました^^;
幸い、大した怪我でもなく、一安心・・・。ももを守ろうとももハハも転んじゃうしで、我が家の女性陣は、ちょこっと痛んでおります。それと、事件の最中、ももハハに蹴られたらしいご近所柴くんは、大丈夫だろうか?そっちも気になる(笑)

楽しいももを見るのは、楽しい!

震災後、ガソリンが買えずにずっと先延ばしになっていた里帰りシャンプーにやっとこ出かけてきました。大好きなブリーダーさんに会うのは、とっても久しぶりで嬉しかったから、ご主人の顔をベロベロ舐めて、メガネを曇らせてしまったりして、ほんとすいません^^; もも、お陰様ですっかり満足げでございました。
さて、その後、東京駅まで出かける用事があったので、途中、小舟町ヒナタノオトさんのところにももと三人で寄り道。

土曜日だし、街はとても静かで、窓越しの春の柔らかなひかりでお店の中はいっぱいで、すっかりヒナタです。挽き立ての美味しいコーヒーを戴いて、ヨモギのクッキーをももにも少しだけ戴きました、ご馳走さまです。
今回のことがあって、こんな何気ない日常がとても嬉しいし、あたりまえの事じゃなくて、やっぱりちゃんと感謝したいなぁ・・・と思うから。いつもなら、ブリーダーさんのところで戴いて帰る馬アキレスを我慢して、少しばかりですが、ももから被災された方々への義援金としてお店の方にお預けしました、よろしくお願いします。

家に戻ってから、もものシャンプーを待つ間に出かけてみたパン屋さん、ずいぶん前からももハハが食べてみたかった浅草の「粉花*このはな」さんで買ったパンで夕ごはんです。

ももの様子を見てもらえれば、どんなに美味しいパンだったか、きっと想像できますよねぇー、ご馳走さまでした!
そんな、盛りだくさんだったけれど、なぜか穏やかで、ゆったりとした気分で過ごせた春の一日でした。

ももの散歩道、小学校脇の緑地はやっとこユキヤナギが満開。今日から4月、例年よりすこし遅い春です。

仕事からの帰り道、近頃、空を見上げると星がきれいだなぁーって思う。東京に来てそう感じたことはさっぱり無かったから、ちょっとした発見。そうなんだねぇ、街が暗くなったからなんだ・・・。事情を思えば複雑な気持ちがするけれど、ふと見上げた空がきれいな星空なら、それはそれでうれしいのかもしれない。今は、いろんな人たちが、いろんな人たちのために、星に願いをきいてもらいたいはずだし・・・。

西高東低のとても模範的な冬型の気圧配置。あと数日もすれば4月だというのに、朝夕は未だ凍えそうなくらい。

街のオオシマザクラは、それでも一足早く花を咲かせました。春はもうそこまできています。

震災後10日が経ちました。被災地への救援活動もままならない状態だし、福島の原発事故もいまだ予断を許さない状況です。電気は、計画停電という誰も経験したことのない事態になり、街は、液状化で湧き出した泥が風に煽られ粉塵になって荒涼とした景色です。
そんな中、街から食べ物が消え、ガソリン、乾電池、水、トイレットペーパー、色んなものがなくなりました。
僕らは、いったい何を求めてここに辿り着いて、何を守ろうとしているのか・・・守るべきは命であって、取り戻すのは生活であって、つまらない便利さやむやみな欲求ではないはずなのに。
そう思って、学生の頃に読んだ浜野安宏さんの本を余震の続く震災直後のこの連休にもう一度読み返してみました。便利さをただ闇雲に求め、消費のための生産を際限なく繰り返す現代の消費経済、社会に対する警鐘に、もしかするともう30年ちかく前からの提議に、あえてもう一度思いあたろうと思って。本当に自分に必要なものは何なのか、自分にとっての豊かさの本質は何なのか、必要以上に便利さを求めてはいないか、自分が欲する上限を考えたことがあるか、そんなことをもう一度きちんと今、思い直してみたいと思っています。
家の中にいるときは、どこいった?なんてことがほとんどだったももだけれど、震災以来、そばにいることが増えた気がします。頼られているのは、何となく嬉しかったりもするけれど、もも、どこいった?ってくらいがやっぱりいいかなぁーって・・・思います。

つい今し方も、携帯のエリアメールから緊急地震速報。ビィービィービィーという音がなると条件反射、とび起きて玄関まで走っていったももさん。余震が治まって少し落ち着いたと思ったら、テレビ脇の隙間にあたまから隠れてしまいました。

あれからいったい何十回の余震がきたんだろう。ずっと揺れているような気がする・・・。ぐっすり休めるのは、いったいいつになるんだろうか。不安そうなももの顔はもうみたくないなぁー。余震、もうくんなっ!
最近のコメント
母からもらった花 | モノコトさん より 2018/04/16
ティベさん より 2015/08/10
ひなこさん より 2015/07/14